複雑型子宮内膜異型増殖症から子宮体がんへ。私の場合。

入院、手術、術後の検査について書いてます(*゚ー゚)

#36 子宮体がん 手術から丸2年。

2015年5月13日は、子宮と卵巣の摘出手術を受けた日。
手術から丸2年が経ちました。

「怖い、怖い」と言いながら硬膜外麻酔(=半身麻酔)を受け、
  ※実際には最初の表面麻酔が普通の注射程度に痛いだけで、
   あとはほとんど痛みは感じませんでした。個人差はあるとは思います。

手術台に横になってアワアワしているうちに全身麻酔が始まり、
ちょっと目をつむってみようかなと意識的に目をつむった瞬間に記憶がなくなって、
ルッカさん、終わりましたよ~」という声で目が覚めたこと、

今でもよく覚えています。 

そして手術後一カ月で復職される方がいる中、私はさらに5カ月間休職。万全を期して社会復帰したつもりでしたが、体力が続かず思うように働けませんでした。
もう私は通勤なんて無理なのかもしれない、これからどうしよう…と悩みましたが、同僚の支えはとても大きく、辛い時期を乗り切ることができました。

 

rukka.hatenablog.com

 

そんなこんなで、今現在。
長時間ではありませんが、残業も続けてできるようになりましたし、気が付けば去年の秋くらいから、病気のことを忘れる、がんのことを考えない日が増えてきました。
もちろん検診の日まで忘れるなんてことはありませんし、逆に今は病気のことを忘れてはいけないと自分に言い聞かせてもいます。読んでくださった方の気持ちを重くするようなことは書きたくないのですが、そんな風に自分に言い聞かせるのは、万が一再発した時のショックを和らげるため。自分の心の保険です。

あ、「保険」という言葉を書いて思い出しましたが、保険は病気にならなければ確かに無駄なお金ではありますが、病気になった時には入っておいて良かったなと心底思いました。

さて、もう少し手術から2年経った自分のことを書きますと、今もがんとは別に貧血(鉄欠乏性貧血)の通院が続いています。ヘモグロビンの値はもう正常なのですが、先生曰く「ヘモグロビンの貯金がもっと欲しい」とのこと。正直、もう行くの止めちゃおうかな、なんて不届きなことも考えてしまうけれど、通院と言っても3カ月に一度のこと。何より貧血を診てくれているW先生が産婦人科に行きたがらない私に怒って「産婦人科に行かないなら、僕もこれ以上診ることはできない」と言ってくれなかったら…。私のがんはもっと進行した状態で見つかり、今この瞬間に日記なんて書いていられなかったかもしれない。そう考えると、W先生から「もう来なくていいよ」と言われるまで通院して治したいなと思うのです。
…なんて、何を当たり前のことをもっともらしく書いてるんだ!って感じですけれども(゚m゚*)

 

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入院中一番嬉しかった食事の写真があったのでアップ!w

 

それにしても貧血が良くなると、本当に体が楽になります。
先月、会社の写真部主催のオープンイベントに同僚と参加し、港の見える丘公園へ行ってきました。写真の撮り方を教えてもらいながらだったので、そもそもがゆっくり歩いたり、立ち止まったりののんびりペースではあったのですが、そうそう遅れることなく皆さんと同じ行動を取ることができました。これは、30mほど歩いては立ち止まり休憩していた2年前の私には考えられないこと!!

 

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ちゃっかり、自分で取った写真を掲載 ミラーレス一眼を買いましたw

 

手術をして子宮と卵巣を摘出したことで乾燥肌になってしまったり、また手術中に膀胱に傷が付いて以降、夜中に必ずトイレに目が覚めるようになり、正直、慣れたというよりもう諦めたという気持ちではありますが、今の現状を思えばどれも小さいこと!
あと3年、検診を必ず続けて楽しく生活したいと思います(*゚д゚*)