複雑型子宮内膜異形増殖症から子宮体がんへ。私の場合。

入院、手術、術後の検査について書いてます(*゚ー゚)

#33 子宮体がん 手術後の検診 5回目

10月に5回目となる検査がありました。

 

 

- 2016年10月 - 

【エコーと超音波の検査】

まずは先生から最近の様子を聞かれ「夜中にトイレに目が覚める回数が全体的に減ってきた」(手術中に膀胱に傷がついて以来、トイレの感覚がおかしいため)というお話をし、その後は内診台です。台(というか、椅子?)を見ると複雑な気持ちになることはもう変わらないと思います。ただ、落ち着いた気持ちで検診を受けられるようになりました。

診察中は先生と一緒にモニターでお腹の中の様子を見るのですが、「中もきれいだし、腹水が溜ったりポリープみたいなものができてることもないですね」と先生に説明されても、私にはただの白黒画面にしか見えず、「これが腸で…」とか言われても正直全くわかりませんw

でも…、
「は? どれ?」「え、なんて?」みたいな質問をすると、検査が長引きそうで「はい、良かったです」的なことしか言わず、早く終わらせようとする私なのでした…(゚m゚*)

次回はちゃんと確認してみようと思います!

 

【結果】

というわけで、今回も何事もなく検査を終え、結果も良好でした。

 

- 雑感 -   

今回特に気になるようなことはありませんでした。

しいて言えば、エコーと超音波の検査はその場で結果が分かるので、後日結果を聞きに行か必要がないのが良いところかもしれません。(*゚▽゚)ノ

ちなみに、病院では受付、採血を終えると真っ先に売店へ向かうというのがルッカスタイル(なんだそれw)なのですが、今回購入したのはこれ、

 

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この日は朝早かったせいか、まだ人も少なく味わってゆっくり食べていたら順番が回ってきてしまったのでした(*ノノ)

   

#32 会社に戻って1年。復職に必要だと思うこととは…?

食欲の秋大到来( ゚д゚)

  ルッカです。

 

今月は検診月なので、また検査等々について結果が出たあとに日記を更新しようと思っていたのですが、気が付いたら今月で復職してちょうど一年。そこで、仕事への復職について振りかえり、考えてみることにしました。

 

【最初の三カ月(2015年10月~12月】

5月の半ばに手術を受け、復職したのは10月から。
術後1カ月で復職される方もいるそうですが、私は4カ月半お休みした後の復職となりました。長期間お休みしたのは、会社が「完全に復職できる体力がついてから」という方針だったことが理由です。私自身も真夏の復職は厳しいだろうと思っていたのでその点でも10月の復職は間違いではなかったと思っています。

また、復職プログラムとして1カ月前からは通勤練習(通勤時間に電車に乗り、図書館等で一日過ごし帰宅)もありましたし、会社に戻ってからも一週目は12時まで、二週目は15時まで、三週目からフルタイムと段階を踏み徐々に体を慣らしていくこともできました。
しかしこれだけ万全を期したつもりの復職も、片道2時間近く掛けて通勤し、フルタイムで働くことは容易なことではありませんでした。

 ・とにかく疲れる、
 ・家に帰ったら30分前後横にならなければご飯も食べられない、
 ・すぐに風邪を引く、
 ・手術で膀胱に傷が付いたからなのか、子宮と卵巣を取り膀胱の位置が
  変わったことが原因なのか、夜中に2,3度目が覚めてトイレに行かね
  ばならないことによる睡眠不足(手術前は、一度寝るとほぼ朝まで起き
  ない人でした)、
 ・頭痛、
 ・腹痛、etc.

一年で20日間支給される有給は、検査でお休みしなければならない日もあったとはいえ、たった三カ月で残り5日となりました。

明るく過ごしてはいたと思いますが、正直、もうフルタイムでは働けないと思いました。誰に責められることも、何か言われることもありませんでしたが「もうこれ以上、不安定な状態で通勤し迷惑を掛けるのは嫌だ」という思いでいっぱいでした。

 

【復職4か月目以降(2016年1月~ )】

と、こんな不安定な状態で迎えたお正月休み。
特に何もない極々普通の、6日間のお休みでした。けれどこのやや長めのお休みが何かのアクセントになったのか、体調が安定し始めたのです。
一体なぜ??と当時はとても不思議でしたが、今思えば子宮を取って約半年、不正出血もなくなり、鉄欠乏性貧血が改善し始めた時期だったのだと思います。

というわけで、ここから復職のお話とは離れてしまいますが貧血の怖さについて。
 


【鉄欠乏性貧血の症状等々、私の場合。】

私は、複雑型子宮内膜増殖症から子宮体がんに進行する過程での不正出血が原因で、鉄欠乏性貧血に悩まされました。これによりどんな症状が起こったか箇条書きにすると

 ・体がだるい
 ・どこへ行くのも何をするのも倍(もしくはそれ以上)の時間がかかる
 ・頭が働かない
 ・人が話がうわべだけしか理解できない
 ・上にあげた4つの理由により、自分のことだけで精一杯

とこんな感じです。急にバタッと倒れるとか、どこかが痛いということはありませんでした。

これらの症状は急にそうなったのではなく、徐々にです。
具体的な例をあげると、5分で着いていたはずのバス停に5分では着けなくなる。バスに乗り遅れるようになり、少しずつ早く家を出るようになる。そのうち何度も立ち止まって休憩しなければバス停に行けなくなり、10分前に出てもバスに間に合わないことがある。バス停ってこんなに遠かったっけ?といった感じ。

それから人の話がうわべだけしか理解できないというのは、もちろん何を言っているのかはわかるのですが、1言われたら1のことしかできない。疲労感がピークの時には1もできない。元々自分は気が利く人のように1言われたら10気づけるタイプではないけれど、鈍感な私だって健康な時は1言われたら3くらいのことは気づけていたのに…。

というのが、私の鉄欠乏性貧血です。体力だけでなく、気力にも影響が出る。でも、痛みがないせいか、これだけ弱っても病気の自覚が持てない。正常値を大きく下回るヘモグロビンやフェリチンの数字を実際に見ても、やっぱり自分は怠けてるだけじゃないのか?と思ってしまう。

貧血は珍しい病気ではないかもしれません。でも放置するのは危険です。体力的なことだけでなく物がきちんと考えられなくなり、メンタルにも影響がでる怖い病気だということが改善した今、よくわかります。


 
…と、貧血のことがだいぶ長くなってしまいましたが、お正月休みの頃から体力だけでなく思考力も戻り始め、少しずつ先のことを見据えながら仕事ができるようになってきました。すると周りを見る余裕も出てきて、そこでやっと気づいたのが同僚の優しさと頑張って仕事をしている姿でした。

 ・雪で電車が止まった日。家を出て2時間近く経ってもまだ地元から1駅しか
  進めず、くじけて「今日は休む」と電話をすると、課長が「待ってるから、
  家を出たなら何時になってもおいで」と言ってくれたこと、
 ・長期休暇前、出勤していてもボーっとして仕事が手につかない頃から変わら
  ず「大丈夫?」と声をかけてくれる元課長、
 ・そして長期休暇前からずっと中途半端な仕事しかできない私のことを
  長い目で見てくれ、戻ってからも色々と声をかけてくれた同僚 etc.

私の所属している課は、自分を含め8人ですが、実質7人でずっと忙しく頑張っていたことに心底気が付いたんです。
そこから自分の考えは変わったし、少し体調が悪いと思ってもとりあえず行ってみよう、本当に無理なら午後から帰ろう、それまでは皆みたいに頑張ってみようって思えるようになりました。なんて書くと立派なことみたいですが、普通のことがやっと普通にできるようになっただけなんですけどね(゚m゚*)

 

【復職に必要なことは…?】

これはあくまで私自身の考えですが、病後、復職が上手くいく、いかないについての私の結論は、

 復職する側が病気を治す、体力をつけるという
 当たり前のことに加え、
 周りの理解とサポートが復職後、体力が戻るまでの
 
もうしばらくの間必要で大切

という事です。

これは正直、健康な人に復職して尚負担をかけ続けることになります。健康な人だって疲れているし余裕がないことは、自分も健康だった時があるからわかっています。なので病人の側から体力が戻るまでのもうしばらくの間、理解して欲しいサポートして欲しいと書くことは大変に心苦しい。

けれど、一方で病気は治っても復職直後の人が体力的に辛いこともどうしようもないこと。
だから、復職した側の私は、自分でできることは責任を持つ。無理かもしれないと判断した時には早めに相談して仕事に後れを出さない。申し訳ないと思った時にも、ありがたいなと思った時にも感謝の気持ちを伝える。コミュニケーションを取りながら、元気になったらきちんと働くことが必要だと考えています。

このお返しは、縁起でもない書き方になってしまいますが、もし誰かが病気になってしまうことがあったとき、自分がありがたいと感じた経験を活かし、微力でもサポートすることができるはずです。

 

【今現在の私】

貧血は良くなっても(婦人科でのがん検診だけでなく、貧血の通院も続いています)、甲状腺機能低下症があるので疲れやすいので会社がある平日の夜はごろごろしながらTVを見るのがせいぜいで、好きなゲームや刺し子をする余力はほぼありません。

だから、不用意に無理はしない。
少し無理をした時には、その後おいしいものを食べて(食べ過ぎはだめだけど!)余暇の時間を削ってでも 休息を優先する。
そうすればまた働ける。自分自身が「私、働けてる!」と思えば、周りにも自然と大丈夫そうかなと思ってもらえる。

私は仕事人間ではありません。
でも今は、自分の体と相談しながら定年を迎えられたら、それはとても幸せなことだと思うようになりました(*゚ー゚) あ、刺し子も頑張りますけどw

 

#31 子宮体がん 手術後の検診 4回目

6月に4回目となる検査がありました。

 

 

- 6月 - 

【血液検査】

今回は腫瘍マーカーのチェック。なので検査自体は採血のみなのでとっても楽でしたが、

 

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久々に腕に直径3cm程の青たんが(゚m゚*)

 

いつものように簡単に刺せそうな血管が見つからず、今回は皮膚表面に浮いて見えるような細い血管から採ったのですが、いつもより針は浅く刺さっているのになぜか痛いっていう…。まぁ、それでもいつぞやの手の甲からの採血よりは…

  

rukka.hatenablog.com

 

全然マシですw

  

  

【結果】

細胞診、血液検査による腫瘍マーカーともに問題なく、再発もありませんでした!

ちなみに私がチェックしてもらっているのはこれ、

 

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ネットで調べたところ、

 CA19-9は、消化器がん(とくに膵臓がん)

 CA125は、卵巣、子宮がん(他に、乳がん、膵臓、肺、大腸がん)

が対象のようです。

  

     

- 雑感 -   

手術を受けてから一年と一か月。

夜中にどうしても1~3回、トイレに目が覚めてしまうということ以外は日常に戻っています。ただ、手術前の私は一度眠ると朝までぐっすりな人でしたので、正直、これは今でも慣れません。3回目が覚めてしまうときには、翌日、軽い頭痛が続いたり、一日中ボーっとすることになります。

これについては婦人科の先生からも泌尿器科へいきますか?と前回の検診時から言われるようになったし、私自身も行きたいという気持ちはあります。ただ、がん検診と今も続いている貧血の通院、そして体調不良…。これで今年もすでに有休がどんどん減っていることを考えるとこれ以上通院で会社を休むことはとてもストレス…。

というわけで、そろそろ終わりそうな貧血の治療が終わってから泌尿器科へ、それまでは様子を見るという選択を自分で決めました。

先生もそれに同意してもらえたので、なんとか頑張っていこうと思います(*゚▽゚)ノ

 

【番外編】 夢

書くか、書かないか、迷いに迷って二か月近く。
それでもこれもがん患者一面であり、カテゴリーを番外編ということにして書いてみることにしました。

 

二か月程前、こんな夢を見たんです。

家に帰ると父から「病院からすぐに来てほしいと電話があった」と言われました。
病院から電話だなんてロクでもないことに決まってる。そんなことを考えながら病院へ行くと、やはり先生から「再発してます」と。手術後、「がんでした」と告知され、「ガーン」と言いそうになった私も

 

rukka.hatenablog.com

 

さすがにショックを受け、家に帰って親になんと話せばよいものかと悩み、そのあたりから記憶があいまいになって…

目が覚めた瞬間これほどまでに夢と現実が混同し、何が本当なのかすぐに判断がつかないという経験は初めてでした。普段と変わらない調子で家族と話し、友人とお茶を飲み、会社で仕事をしていましたが、夢だからと吹っ切るまでに一か月近く時間も必要でしたし。

  

ただ、今はこの夢を見て良かったと思っています。
そんな縁起でもないこと考えなくたって…と思われるかもしれませんが、再発の可能性はどんなに低くとも0ではなく、子宮体がんに起因せずとも他のがんにだってなるかもしれない…。

本当に苦しい夢だったけど、万が一の良い心構えには確実になりました。

  

…ってことにしておこう!

さすが、普段、悲観的なくせに現実に辛いことが起こると怖くて悲観できない小心者な私らしい考えだ、うん(゚m゚*)

   

#30 病気中の支え

昨日(2016年4月4日)のテレビ朝日の「しくじり先生 俺みたいになるな!!」という番組で、お笑いコンビのはんにゃ/川島さんが腎臓がんを告白したそうです。

番組を見ていなかったので詳しい内容は分かりませんが、このお話に関するネット記事をいくつか読み、以前より思っていたことが二つあるので、そのことについて書いてみます。

 

まず一つ目。

がん保険のありがたさ】

当初、病気のことは公表しないつもりだったはんにゃの二人。理由は、笑ってもらえなくなるのでは?という二人の考えから。
それが一転、公表に至ったのは、川島さん(金田さんも?)は保険に入っておらず、病気に対して備えることの大切さを伝えたいという思いからだそうです。

これは私もとても大切なことだと思います。
私自身は、社会人になった20代半ばに保険に加入しました。ただ、当時はもちろんいつか病気になるかも…という考えがあった訳ではなく、なんかみんなも保険入ってるしぃ? みたいなノリでした。保険のセールスさんのアドバイス通りにほぼ何も考えず加入したため、正直、自分が47才でがんになり、保険会社に連絡するまでどんな保険に入っていたか真剣に考えたことがなく、え、がん保険入ってる? ラッキー!って感じでしたし(゚m゚*)
 
それでも今は…、二人に一人ががんになると言われている時代。
 
保険会社に連絡をするとすぐに必要書類を届けてくれ、病院の診断書と一緒に渡すと(提出時も取りにきてくれました)、一週間後には入金がありました。掛け金や会社によって受け取る額は違うと思いますが、入院費用を賄うこともできましたし、私は実家暮らしで家賃や光熱費がいらないということもあって“ご飯を食べるだけ”なら、贅沢さえしなければ半年くらいは働かなくても大丈夫そうな保険金が給付されました。軽~いノリで保険に入った当時の私を褒めてあげたいくらいですw

保険は病気にならなければ無駄なお金になってしまうかもしれません。
けれどがんに限らず病気に備えることは、万が一病気になった時の支えになってくれると思います。
    
     
そして二つ目。

【気持ちを伝える言葉の支え】

保険のことを長々と書きましたが、私自身としては強く伝えたいのはこちらです。

川島さんの相方・金田さんは、川島さんのがんを知り「頭が真っ白になって、何も川島に言ってあげられなかった」と記事にありました。
この金田さんの気持ち、男性同士としての照れや、コンビとして言葉は無くても伝わるものがあるのかな?と想像します。

ただ私としては、もし誰かに病気を告白されたら、何か言葉を掛けてあげて欲しいという気持ちが強くあります。

それはなぜか…

私は自分自身のがんをブログで告白し、Facebookでも公開しました。
よく合う友人にはもちろん口頭で伝えましたし、仲はよいけれどあまり合わない友人にはメールや手紙で伝えました。
 
なんでそこまで公表するの?
 
と思う方もいるかもしれませんが、ブログに関しては、自分が手術をする際、どんなことになるのか知りたいと同じ病気の方のブログをたくさん拝見し、安心を頂いたこともあり、自分の経験もほんの少しでも誰かの役に立てば…との思いからです。
 
そして友人に告げたのは、そろそろこんな病気になる年代に差し掛かかっている事、検診、特に避けて通りたい思いに駆られる婦人科検診についてもどうか受診して欲しいという願いから。これからだって長く友人として、楽しく元気に付き合っていきたいし。
  
さて、公表した結果はどうだったと思いますか?

  
すぐに連絡をくれた人、しばらくしてから連絡をくれた人、無反応な人さまざまでした。
正直に書くと、無反応な友人には寂しいという気持ちになったし、なにより慰めてほしいと思って公表したわけではないのに、寂しいと感じる自分がとても嫌でした。

ただ、しばらく日数を置いてから「ショックで、すぐに反応できなかった」という友人が何人かいたんです。
それを知った時、私はあぁ、そうか…と思い至りました。自分が病気だと全然平気なんだけど、もし自分が友人から突然「がんだけど、初期だからぜんぜん大丈夫!」と明るく言われたってそりゃショックを受けるな…って。
告白される側の気持ちを知ったこと。これは本当に友人に感謝しなければなりませんし、そんなこともあって私なりにですが金田さんの気持を理解できたと思うのです。
       
ただ、先に書いた通り、私としてはそれでももし誰かが病気になって、それを伝えられたら何かを言葉を掛けて欲しいという思いはかわりません。

だって、とっても嬉しかったんだもの。

もしもショックで言葉が見つからないなら、それを正直に伝えたらいいんじゃないかな。「ショックで言葉がみつからないけど、心配です」って。そんな一言で、元気で頑張ろうって思えるものなのです(*゚ー゚)

   

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